昨日、高野山に行って来ました。はて高野山‥‥。私どもから言うと近くにありて遠きものか?。実は私は初めての高野山だったな(笑)。
江戸時代1789年、伊万里からの旅人の前川善太郎一行の道中日記から善太郎を追いかけ私は伊勢神宮をバックパッカーで出発し早10年は月日が流れたか。
善太郎の一部を切り取り見ると伊勢神宮参拝より、西国三十三所の一番札所の那智、二番札所の紀三井寺、そして三番札所の粉川寺の手前、根来寺までは歩いてボクは追いかけて来た。紀の川沿いだね。そこから善太郎らは高野山に寄った、行っているのだ。ボクは高野山までは歩いて追いかけたいと思っているのだが、何せ高野山は標高800メートルだ。そしていろいろ交通の便が悪いし現在はクマ騒ぎが著しい。
また、自身の老いの痛感もあり高野山まで歩くか躊躇しているんだ。今回はそのための下見であった。
次の僕のバックパッカーの予定は根来寺のある岩出駅からルート24の旧道を粉川寺まで行く。善太郎らは粉河寺から紀の川を渡り高野山を目指すが、そのコースは麻生津峠からのコースなんだ。なので、せめて麻生津峠までは追いかけたいと。そこから高野山までは車にするか、途中の高野参詣道を部分的に歩けたらとは思ってはいる。
前置きが長くなったが、麻生津峠まで行ったあとどう帰るかが今回の下見であった。麻生津峠から御所と言う集落までは善太郎のコースだ。ボクはそこから高野山には向かわずルート480を下り、笠田駅まで来ると。
その場所がここだ。

そこには観光案内看板があった。見てほしい。

紀の川沿いの赤い現在地と高野山がわかるだろうか?。そこを継なぐ道として赤で示してあるのがルート480。もちろんそこは善太郎らは歩いていない。左側に紀の川市の文字がある方向が善太郎らの歩いた麻生津峠なのだ。また、高野山から点々が紀の川まで続いているが、それが本来の参詣道なのだろう。点々の紀の川手前で慈尊院と言うのがあるのだがそれがメインの高野参詣道なんだろと。その場所は真田で有名な九度山集落だね。慈尊院は善太郎らは高野山の帰りには立ち寄っている。九度山に降りたと言う事だ。
高野山を目指すのは熊野古道小辺路も含め、さまざまななコースがあるのだろう。その中で大阪、奈良、京都方面に向けて開かれたコースが九度山なんだろなと、高野山に詳しくないボクは結論を出した(笑)。
善太郎らは粉川寺からなので、麻生津峠を選んだんだな。
さて、笠田駅より目指す高野山方面は霧がかかっていた。天気良しなら山中の参詣道を少し歩きたいとバックパッカーリュックと杖は積んでいたのだが。

はてさてどうなる事やら。
by理事長