海山にこいま 理事長

世界遺産公演会に行って来ました!

先日の岐阜行きの前日に熊野古道伊勢路の世界遺産公演と言うのがありまして行ってきました。なんと言っても西尾君も公演するからなんですね。

写真はこの四月に熊野古道センターに勤め出してすぐの西尾君(笑)。紀北町観光協会にいた西尾君ですから、熊野古道センターでも熊野古道が観光業として頑張ってほしいとボクは思います。でも、まあいろいろ心配はしてますな。

公演は西尾君も含め四人の専門家からの公演です。

良くも悪くも、あれ!?と思った話しが飛び込んできました。まずは新聞記事を見てください。

熊野日記と言う場面。確かそれを書いた人は松坂の豪商さんだったか。あれま、善太郎と立場が同じやん!と。その小津久足と言う人ですね。その人が伊勢神宮から熊野本宮までの旅を日記にしたものをたよりに歩くと楽しいよ!と言う説明だったかな。

あれ、ボクと一緒やん!と(笑)。

これは以前から考えている部分で、ボクの場合前川善太郎と言う道中日記からなんだけど、その道中日記をいかに熊野古道伊勢路の集客に繋がらないか!と考え四苦八苦しているのが現状。まあ魅力ある道中日記なら誰の道中日記でもかまわないのだけど、善太郎らは熊野古道の範囲で考えると西国三十三所観音巡礼なんだ。ボクは伊勢路伊勢路と言うが、本来は西国三十三所と言う範囲の中の伊勢路なんだな。古ければよいと言う話しでは全くないが、西国三十三所観音巡りは時代が四国お遍路より古いんだ。そこから考えると江戸時代なんかは最近となるか(笑)。

様々な問題もあるとは思うが、まずは伊勢路とは伊勢と熊野の神様を結ぶ道ととらえるのも素晴らしい魅力だと思う。また、平安の時代に上皇様らが熊野を目指した道として紀伊路、中辺路があるのは本当に素晴らしい魅力だと思う。しかし、それらを結ぶ道として西国三十三所観音巡礼路と考えたなら、時代、人物は抜きにして熊野古道がうまく繋がるように思ってはいるボクなのだ。また、徳川幕府が開かれる前までは庶民が旅なんかできない時代であった。紀伊山地の霊場と参詣道の熊野古道としての世界遺産であるが、弱い庶民が神仏にすがる気持ちで歩いた道としてとらえると、熊野古道以外にも様々な歴史の道に現代人の歩く姿が現れる方が人類としては素晴らしいと思う。それらの道が世界遺産とならないとしてもだ。

歩く人が増えると世界平和につながる

このフレーズがいつまでもボクの胸から離れないんだな。

とは言え、この公演会は途中で帰ってきたボクなんだけど(笑)。

なんのためにそれをして、それをするために何をすべきかの本質を見たいんだな。

by理事長

-海山にこいま, 理事長