あぁ船津川。
朝日輝く船津川〜流れも清き心持て〜。と、これは私の母校船津小学校の校歌の歌い始めのフレーズ。
私の故郷の船津川。子供の頃よりの川遊び場。そして親父、母、前田のおじちゃんの思い出の場所。
そんな場所に内山りゅうさんが撮影の為に昨日来てくれてました。
悪ガキ四人衆の図(笑)。

この日は尾鷲市の植物の専門家の山本先生も来てくれてました。はてどんな撮影かと言うと水草なんです。山本先生の写真は無いですが山本先生には昔からお世話になってる私でね。


江戸時代の旅人、前川善太郎も船津村良き村なり と記してくれてます。船津川は私には様々な出来事のある川だと思っています。
校歌にある、朝日輝く船津川は今はありません。善太郎が見た時代は朝日輝く船津川だったのでしたが。そう、船津川は暴れ川でよく氾濫したため大正から昭和にかけて河川改修、すなわち流れる場所の切り替え工事をしたのです。なので私が子供の頃は現在の船津川を新川と呼んでいたのですよ。
海山インターを降りて左折するとすぐ船津です。その船津の国道42号が当時の船津川になるのです。国道横には水の無い小さな川がありますが、それが船津川の名残りなんですね。船津川の事を言い始めると止まらなくなる私ですが、内山りゅうさんと私は同じ歳。そんな二人がガキンチョに戻れば船津川で同じ事をして遊んでいたやろな!と思う私でした(笑)。
内山りゅうさんの撮影写真がどうなって行くかはわかりませんので詳しくはまだ控えさせていただきますが、よし!撮れた!のりゅうちゃんの言葉を聞き本当嬉しい私でした。
実は先の連休には生き物調査で内山りゅうさんらが銚子川に来てくれてましてね。その前にまりちゃんと船津川にカヌーで行っておりまして、水草の蘇りを見つけたので、りゅうちゃんに使えましたら、撮影準備してすぐに来てくれたのです。今の瞬間を切り取る内山りゅうと言うプロフェッショナルの一面を見た気がしました。さすがだな!と。
はい。平成16年のこの地を襲った大水害により船津川は河川工事のため様変わりしてしまいましたが、生き物たちは強かに生き残ってくれてるのではないかと水草をみて嬉しく思ってます。水害前に船津川カヌーツーリングを引率していた私にはまたカヌーツーリングを復活したいと思っているところなんですが、なにぶん老いを感じる年頃でありまして(笑)。
りゅうちゃんの話しを聞いていると、紀伊半島の川が様々な魅力で繋がればよいなぁ!と思っている私です。
ともかく、内山りゅうさんありがとうございました!です。
取り急ぎまで。
by理事長