海山にこいま 熊野古道バックパッカー

那智に行ってきました!

少し前ですが、那智に行って来ました。

この風景。

一緒に歩いたひでちゃんを思い出すね(笑)。

あの時は那智に夕方着き歩き出し、上り山中で一泊。怖い夜だったね。トラとオオカミの声が聞こえて(笑)。

ともかく、今回の那智行きは青岸渡寺で土産を買う為だった。

これだ。

うん。寺で土産とな!?で(笑)。

そう、ボクの熊野古道バックパッカーでは、江戸時代九州は伊万里から伊勢神宮参拝、ならび西国三十三観音巡礼の五ヶ月間の旅をした伊万里焼き陶器商人、前川善太郎を追いかける旅をしているのだ。それは何故か?と言うのは熊野古道伊勢路を歩くための魅力づくりに善太郎の道中日記が利用できないか?なんて漠然とだが考えているからなんだ。例えば弥次喜多道中記は架空のものだが、何か目的や共感を持って熊野古道を歩くとワクワクするものだ。和歌山では王子巡りだね。三重には王子はないから、それに代わる要素を見つけたいなと。

前置きが長くなったが、まだ老いが激しくなる前に善太郎に会いに伊万里へ行きたい!と近年考えていたんだ。それがこの六月前半を考え出した。なので善太郎の墓前に供える物を西国巡礼一番札所の那智は青岸渡寺で見つけたかったのだ。

ボクおもろいで。寺で何が良いかなぁ?なんてウロウロしてたら若い坊主さんが、何かお探しですか?と声を掛けてくれたんだ。えっ!?どう説明しょーかいな?と言葉に詰まるボク。ここは言い訳しても失礼だと思い素直に説明した。実は江戸時代の旅人が当時この寺に寄ってまして、今度その旅人のお墓参りをしたいと思ってまして墓前にこの寺の印とわかるものを供えたくて!と。

坊主さんは、笑い引くだろうと思ってたら、さようでございますか!と気持ちよく対応してくれたのには、ボクの方がびっくりした(笑)。

笑うところをぐっと堪えての対応だったと思うが、さすがだな!と感動したね。

それで坊主さんの顔色見ながら決めたのはこれだったのだ。墓前ではゴミになり申し訳ないなと思いながらも、那智は青岸渡寺で買ったと言う事を善太郎に知ってもらいたいと。この那智黒の裏側にはきちんと一番札那智と書いてあるんだ。

何故二つ?のご質問にはこう答える。善太郎と一緒の物を持っていたいんだ!と。子供だな(笑)。

うん。一つは早速バックパッカーリュックに付けた!。善太郎と一緒!と涙目になるボクがいる。

道中苦しい時も善太郎〜!と心の中で叫びながら歩いてきたんだ。歩き出した時からボクには善太郎が心の支えだったんだ。ここまで無事に歩き通せたこと本当に感謝している。これからもお願いしたいと。

つづく〜( ´ ▽ ` )




by理事長

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